手放すことは満たされること

独身時代は自分の役割は少なく時間はたっぷりあった。
家族ができ親になり役割は増え時間はどんどん無くなった。

みんなが平等に経験している当たり前の事だけど。
その当たり前の事をこなすことが自分には難しいと自信を無くすこともたくさんあった。
キャパ越えを何度も経験し、その度に抱えている役割に自分は向いていないんじゃないかと落ち込む。
落ち込んだところで何一つ投げ出すことはできないのに。

そういう状況の中で、どうしたらもっと楽な気持ちで暮らしていけるかを追求すると(手放すこと)で様々なことがスムーズになると気づいた。

物、事、気持ち、自分自身で決めつけていたこうでなければという価値観 = 執着心

(あらゆる執着を手放すこと) これはヨガの教えの中でも説かれている事です。

一年も終わりに差し掛かり今年はどれだけ身軽になれたかを振り返る。
最近では年始にたてるのはあれをやろうこれもやろうという足し算の目標ではなく、あれもこれも手放そうという引き算の目標。

今年手放したモノ コト

・車に頼る暮らし
・午後の時間帯のレギュラークラス
・頑張っても報われない努力
・価値観を家族と共有する事
・自分のやりたい事をするのに罪悪感を持つ事
・経験する事を様々な理由から諦める事
・年賀状を送る事
・プラスティックの入れ物達
・フォーマルウェア
・使っていない食器
・欲しいと思ってないのに実家からお下がりで回ってきた家具や物

※まだ手放せていないけど、手放したいと思っているのは掃除機。ほうきとちりとりで事足りるなと。

どれもこれも今の暮らしにフィットするように自然とそうなりました。

我が家は車は一台のみ、夫が終日仕事で車を使うことが増えたので私は歩くか自転車か必要であればタクシーを使う。
これに伴い私の仕事は徒歩で行ける圏内に、子供達が帰る時間には在宅出来るように午後のレギュラークラスを午前に引っ越しました。

良い物件に出会いアパート暮らしで悩みのたねだった生活音を消すと言うどう頑張っても到底出来ない努力を手放せた。
これで子供達に自然な暮らしをさせてあげることができるように。私たちもずっと抱えていた大きなストレスから解放されました。

家族であっても価値観を同じにする事は難しい、無理に合わせようとして苦しむよりも多様性を受け入れる方が楽。

親になってから自分のためだけに時間を使うことに少なからず罪悪感を持っように、でもそんな罪悪感は自分も家族も幸せにはしてくれません。限りある時間、学びたい事を学び。チャレンジしたい事に思いっきりチャレンジしたい。

経験する事に対して時間もお金も投資する。
物にお金を使わず経験に対してお金を使う。家族と自然の中で過ごす時間。
ウェールズの家族と過ごす時間。全てかけがえのない経験。心に残る財産です。

年賀状は写真付きで個人情報満載でリサイクル出来ない紙ゴミになってしまう。送る側であっても相手にとっては処分に困るかもしれない、ずっと取っておくのものでも無いだろうし。であれば年賀状を送る事そのものを辞めよう。
年賀状でやり取りするだけでなく実際に会う機会を沢山作ろう。

自然界に戻ることが出来ないプラスティック製品。
買うことも辞め(LEGO以外)今あるもので使わないものはリサイクルに。
今後はリサイクルされる物を出すこと自体減らしたい。

一年に一度着るか着ないかのフォーマルウェア、必要であれば母の着物を借りよう。

重いだけで災害時は凶器にもなりかねない吊り戸棚の中の食器を使っているものだけに。

折に触れて実家から回ってくるお下がりの物たち。気持ちだけはありがたく受け取り今の暮らしに合わないものは迷わず処分。母も要らないからこちらに回してくるのだしそこは潔く。

モノ を手放すことで管理する手間が減り
コト を手放すことで気持ちのモヤモヤに留まる時間が減り

結果的に時間が無い!余裕が無い!という事が減ってきました。
あらゆるモノコトを手放せた恩恵をひしひしと感じます。

以前は時間が足りない事にあれほどフラストレーションを感じていたのに、今では刺繍を楽しむ余裕すらあります♡
現実的に(時間)はいつの時代も増減しないから自分のマインドが少ない足りないと感じていただけなのですね。

手放す事で(足りない)で一杯だったマインドが(満たされる)にシフトされる。
手放す事で満足感が増えていく。

(生きること)はシンプルであればあるほど軽やかになる。

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